日本禁煙学会のHPには「受動喫煙症の診断可能な医療機関」として、2021年10月18日現在、98の医療機関98名の医師が登録されている。
 しかし本当にこの医師達は、依頼されれば受動喫煙症の診断書を交付するのか、また今後も書き続けるのか。
 とあるブログで「受動喫煙症の診察・診断を断られた」という記述を見たことから、我々はここに疑問を持ち、彼ら「受動喫煙症診断医」に電話アンケートを試みることにした。

 質問は3つ。
①受動喫煙症の診断書を書いてもらえるか?
②診断書を裁判に提出することが出来るか?
③診断にあたっては、検査があるのか?

 ただし口頭でのやり取りなので、②や③の質問に辿り着かなかった場合や、話が大きく逸れてしまったこともある。おかげで興味深い話も数多く聞くことが出来たが、まずは集計結果の報告だ。最も基本的な質問①の集計結果は、驚くべきものとなった。

「書かない」と答えたものが、98医療機関中36、医師の数では37人となっているのだ。※
 37/98≒37.8%、実に4割近い「診断医」が、「受動喫煙症診断書を書かない、出せない」のである。
※ひとつの医療機関に複数の医師がいる場合、ひとりの医師が複数の医療機関に勤めている場合がある。

 これは重大な問題だ。
 何故なら「受動喫煙症」という病気はI C D10(国際疾病分類)に含まれておらず、これに準拠する厚生労働省の疾病分類にも記載されない、つまり公的に認められた疾病概念ではないのである。そこで日本禁煙学会H Pに載せられた「診断医の数」すなわち「受動喫煙症という疾病概念を支持する医師がこれだけの数で存在する」ということがせめてもの正当化の根拠となっているからだ。
「受動喫煙症診断医」=「受動喫煙症を支持する医師」は、日本禁煙学会H Pによると、98人。だがその内37人は、実は水増しだったのである。

 少し細かく見てみよう。
 この「書かない」は、「aやってない」23人「b書けない」14人に大別される。

a「やってない」には「受動喫煙症診断はやっていない」と「今は禁煙外来をやっていない」という回答が含まれる。後者にとって受動喫煙症診断は禁煙外来に付随するサービスという認識なのかも知れない。「今は」という回答は、ファイザーによる禁煙補助薬チャンピックスの出荷保留が解除されれば再開する可能性を示すが、「再開する予定がない」「再開しても受動喫煙はやらない」と明言しているところもあった。
 他に「担当医が辞めた」が4件、「担当医死亡」が1件あり、「昨年に日本禁煙学会を退会済み」という回答もある。そして驚いたのは、会のH Pで「NEW」と表記のある直近2年内に登録された筈の病院で「受動喫煙知らない」と電話を切られたことである。

b「書けない」と答えた医師の回答には「裁判に使えるものではない、勝てない」という趣旨のものが複数ある。「診断書を書いても法的拘束力がない」という答えや、中には横浜副流煙裁判を知っていて、もう書かないと言った医師もいた。
 しかし衝撃だったのは、「医学的証明ができない」という2名の回答が得られたことである。つまり一度は「受動喫煙症」に心を動かされながらも、冷静な医学的観点からこれを見直す医師は存在するのである。医師として当たり前のことにも思えるが、作田理事長を始めとする日本禁煙学会の面々に苦しめられてきた身からすると、救われるような思いだ。
 しかしこのような医師の名前が「受動喫煙症診断医」として、いまだに日本禁煙学会のリストに載せられているのである。何故そうなるのか、この点についてもヒントとなる貴重なコメントが得られた。
「入会時のアンケートで受動喫煙の協力機関としてリストに載せて良いと答えただけ。受動喫煙症の診断書を出したことはない」

 次に質問②の結果をご覧いただく。

 ①で「診断書を書ける」とした61人の医師のうち「裁判は難しい」もしくは「無理」と答えたのが8人、やや違う表現で、「企業・職場にであれば出せる」という回答が5人あった。
 合計で13人。「診断書は書くが、裁判には出せない」という回答が、「診断書を書ける」医師のおよそ21%であった。ただし裁判所提出の可否は診断次第という回答もあるので、残り79%が診断書の裁判提出を認めているかは分からない。

 さて職場の問題であれば受動喫煙症の診断書を出せるというのは、分からないでもない。改正健康増進法や平成27年の改正労働安全法といったものを法的根拠に、「職場環境改善の訴え」の形が取れるからだ。これに対し近隣住人からの受動喫煙被害という問題は法的根拠に乏しいのである。これを強行突破しようとしたのが横浜副流煙裁判であり、しかしその目論見は崩れたわけだ。
「受動喫煙症の診断書とは法的効力はなく補助的に使うもの」とアドバイスをくれた看護師もいる。この看護師は、診断書は出せるが病因を受動喫煙と断定することは難しいと答えている。

 我々が③の質問を用意したのは、横浜副流煙裁判において「客観的証拠がなくとも患者の申告だけで受動喫煙症と診断してかまわない」とする診断基準が問題となったからである。また一方で我々は、MRI、CT検査までした挙句に受動喫煙症と診断しなかった受動喫煙症診断医の存在も知っている。
 作田学・松崎道幸・倉田文秋「患者の問診のみによって受動喫煙症と診断を下せる」と明言し、実践してみせたこれらの医師たちの主張は本当に、受動喫煙症診断医たち全員のものであると考えても良いのかどうか。

 果たして我々の調査では、受動喫煙症診断医として日本禁煙学会H Pに登録された98人の内、「患者の問診のみによって受動喫煙症と診断を下せる」としている医師は16人だったのである。
 一方で検査が必要と答えた医師が12人。検査の内容としては尿コチニン検査・呼気検査・spO2の測定という答えであった。ただし「高額」「受動喫煙直後に検査しなければならない」「検査をして値が出ないことも多い」「客観的指標がない」といった注意点、あるいは批判がある。
 つまり「検査は必要だが難しい」ということだ。しかしだからと言って「難しいから検査は不要だ」というのでは、あまりにご都合主義ではないだろうか。
 作田理事長の甲43号証意見書での記述が、正にこのご都合主義だった。

「尿検査によるニコチン検出が、受動喫煙症のレベルの各段階に必ずしも対応しないことが、多くの実証データで明らかになった為に、2016年の基準の改訂で、それを外しているのです」

 これが「尿コチニン検査では受動喫煙症の証明ができない」ではなく、「尿コチニン検査がなくとも受動喫煙症診断が出来る」という結論に導かれる意味が分からない。
 しかし理事長がそのように言う一方で、少数ではあるが「たとえ何の検査をしようとも、喫煙者を特定することも出来ないし、喫煙が原因かどうかもわからない」と明言した医師もいたのである。今回のアンケートでの、大きな収穫だ。

 3つの質問についての報告は以上だが、実はアンケート開始当初には④「オンライン或いは委任状での診断書作成は可能か?」という質問事項を設けていた。言うまでもなく、作田医師による無診察での診断書交付(医師法20条違反)を念頭においてのことだ。他の診断医がこの点についてどう考えているのかが知りたかった。
 しかし意外にもと言うか当然と言うべきか、どの医療機関でも「とんでもない」「あり得ない」と強く拒絶され、聞く方が恥ずかしくなり30件ほど聞いたところで中止した。その為この④についてはYesNoの割合を示すことが出来ない。

 ところで今回、受動喫煙症診断医あるいは医療機関スタッフとの会話からは、多くの興味深い言葉を聞くことが出来た

「客観的指標がないのでタバコが原因とは書けない。症状しか書けないけど、書くよ」

「診断書を見せるだけでもビビるからやっていい、書きますよ」

「メールで状況を確認、メールでやりとりして診断内容を決める」

「職場の問題で会社の責任を促すために(診断書を)出すもので、健康被害の医学的証明は出来ない」

「受動喫煙症の裁判に必要なシビアな資料を作るのは無理、(裁判では)絶対負ける」

「尿検査しても壁を挟んでだと値が出ることは少ないことが多い」

「(受動喫煙の)客観的証拠が出せないので、検査はしていない」

「問い合わせが多くなって、本当に受動喫煙かどうか分からないので、書くのが難しい」

「病気には元々の素因もあるので、喫煙者の煙が原因だと断定にはいかない」

「(患者が)精神的に問題がある場合は、そちらを紹介する」

「裁判以前に解決するのが一番いいわけですね、今はそういう事例を積み重ねる段階。診断書を使わずに、内容証明を弁護士の名前で送ったりとか」

「問診だけでは(診断に)客観性がない。コチニン検査は絶対必要だけどやってくれる場所が見当つかない」

 これだけの話が聞けたということはつまり、彼ら医師が親身になって話してくれたからである。実際彼らは、患者に対しては優しい医師なのだろう(電話口の我々は「診断書を書いてもらえるか」と訊いているのだから、彼らにとっては「患者」なのだ)。電話の印象でも、大抵の医師が優しく理性的で、人の話が聞ける人物だった。
 しかしそうでありながら、彼らのほとんど全員が、診断書を個人の糾弾のために使うことを当然の前提として話しており、その糾弾自体の善悪については、問うまでもないこととして看過されている。
 その事実が悲しく、そして怖ろしい。
 どうして彼らは、診断書を突きつけられた側も苦しむのだという、当たり前のことに考えが至らないのか。患者に向ける優しさのほんの一部でも喫煙者やその家族、あるいは非喫煙者でありながら疑われた人々に向けることが出来ないのか。
 一方向にしか物事を考えられない、この想像力の欠如が怖ろしいのだ。
 ついには患者に対する優しさ以上に、禁煙推進運動が優先される。
 上にあげた「今はそういう事例を積み重ねる段階」というコメントがそうだ。患者に対し「あなたは禁煙運動の積み石の一つになれ」と言っているに等しい。我々が禁煙運動の駒にされたように、ここでは患者すら、禁煙運動の推進段階における駒と見做されている。
 すなわち「受動喫煙症診断は、政策目的と認められる」である。この目的の為、受動喫煙症診断医つまりは受動喫煙症の同調者を増やす為に、彼ら日本禁煙学会は医師たちにこう言うのである。

「診断書には、急性結膜炎、頭痛、急性咽頭炎などの一般診断名をお書きし、そのあとで急性再発性受動喫煙症(の疑い)などとお書きいただくだけです」(『受動喫煙症の診断可能な医療機関登録申請』より)

 ただしこれに疑問を持ち、「診断書を書かないという受動喫煙症診断医」も存在することが、今回の調査で分かった。

(文章協力 煙福亭)