「受動喫煙症」との診断をもとに訴えを起こした事例は、裁判に限らずいくつか存在する。これがマスコミなどに報道され「この人は受動喫煙症と診断されている」とか書かれると、「受動喫煙症というものがあるんだ、タバコは恐ろしいなあ」なんてことを普通は思ったりする。
 そう思う人はそもそも「受動喫煙症」がどういうものかを知らない。「受動喫煙症」はICD10(国際疾病分類であり保険診療に使われる)には存在しないから、知らないのが普通でもある。ただし僕のように関心を持ったところで、日本禁煙学会が公表している診断基準はあんまりに適当で、これだけではなんのことだか分からない。

 受動喫煙症は、詳細な問診があればそれのみで診断できると言う。けれど受動喫煙症は病状が(ものすごく)多岐に渡るので、喉が痛くて鼻水が出て、体がだるいなら風邪ですね、というようには診断できない。その名が示すように「病因が受動喫煙にある」ことが「受動喫煙症である」ことの根拠である。

 ではいったい、問診だけで患者の病因が受動喫煙であるといえるものなのか。
 医師はどのようにして、患者を「受動喫煙症」と診断するのか
、出来るのか。

 横浜副流煙裁判の被告であった藤井将登氏の妻である敦子氏はこの疑問を持ち、裁判に出された診断書を書いた医師、作田学氏(日本禁煙学会理事長)の診察を実際に受けてみることを試みた。

 2019(令和元)年7月17日まだ地方審の判決がでる以前のことだ。藤井敦子氏(以下、敦子氏)は、タバコ煙を苦手とする支援者である酒井氏と日本赤十字医療センターを訪れる。ここで神経内科に勤務していた作田学医師の診察を受け、「受動喫煙症 レベルⅢ」の診断書を受け取った

 その経緯を少し詳しくみてみよう。

 作田医師の診察を受けた酒井氏はタバコが苦手で、周囲のタバコ煙で咳が出るなどの症状がある。敦子氏はこれを知って、酒井氏に作田医師の受動喫煙症受診を依頼した。
 ただし作田医師が勤務していた日本赤十字医療センターで受診するには、通常紹介状が必要になる。このため敦子氏と酒井氏は、まず地元「ユミカ内科小児科ファミリークリニック」を受診することにした。日本禁煙学会HPの「受動喫煙症の診断可能な医療機関」に記載されている病院だ。
 このユミカクリニックには紹介状さえ書いてもらえれば良いと考えていたが、医師は「まずは自分が診ないと」とMRI、CT、ホルター心電図、血液検査などを行う。診断は「高血圧症・不整脈」。受動喫煙症の診断は得られなかった。しかし作田医師への紹介状を出してもらうことは出来、この紹介状をもって、日赤医療センターを受診することができた。敦子氏は酒井氏の付き添いの体で診察室に同行し、診察の様子を録音する。
 この録音データが公開されているので、診察内容を知ることができる。

 作田医師の診察は20分ほどで終わった
 まずは紹介状に書かれていたと思われる「高血圧」、問診票に書かれた「糖尿病」についての質問があった。酒井氏は糖尿病については5年ほど前の診断、高血圧は先のユミカクリニックでの診断であるとして、ユミカクリニックに行ったのは「タバコとかものすごいむせちゃう」からだと説明した。
 その後、受動喫煙状況の問診となり、酒井氏は仕事で訪れる取引先の説明をする。ここから「実際に起こる症状はどういった感じですか?」という質問に対し、酒井氏はこう答える。
1回咳き込んじゃったら、ゴホンゴホン。もう最近はね、ユニクロ行ってもダメなんです。ホコリっていうか、洋服の、ああいうのでも
 その後また職場の話に移り、喫煙場所にあるエアカーテンなどの話をして、酒井氏は「担当側の人間に、権威ある先生に書いていただいたと言いたいです」と言った。そこで確認をとるように作田医師は「タバコの煙のないところではこの症状は出ないわけですね?」と問う。すると酒井氏は「だから、その、何、ユニクロみたいなあぁいうところ行くと、また別に起こんじゃん」と答えを返す。ここで再度ユニクロを持ち出したのだ。

 この酒井氏の答えは、敦子氏にとって驚きだったようだ。受動喫煙症のレベルⅢ診断基準には「受動喫煙がなければいつまでも無症状」と書かれている。酒井氏がここまでユニクロ(衣類繊維やホコリが原因ということ)を強調しては、受動喫煙症と診断されないのではないかと考えた、と語っている。
 おそらくは作田医師も、驚きをもって酒井氏の答えを受け止めたのではないか。その意味を確認するようないくつかの問答があって、その後突然に話題が変わる。
「でねー、あのーあなた焼酎飲み過ぎだよね
 作田医師はそう話題を変えた後、「焼酎もやめないとね、やっぱり糖尿とか高血圧とかこれは良くなってきませんよ」「受動喫煙症も大切だけど、その、焼酎やめる、しばらくやめるってことだよね」と話を続ける。結局これが作田医師による、唯一の医学的アドバイスだった。

 作田医師は続けて、「脳の検査をしたことはあるか」と質問する。質問する作田医師の手にはユミカクリニックからのMRI・CTデータが入った封筒があったが、問診中作田医師はこれを確認していない。酒井氏はMRIとCT検査があったことを伝えた。
 それから作田医師は「不整脈がひどくなるってことはある?」と質問する。おそらくは紹介状に「不整脈」の記述があったからだ。酒井氏が「ドキドキする」「止まっちゃうことがある」と答えると、念を押すように「タバコの煙で」と聞き返す。これに対する答えは、録音を聞いただけでは意味がよく分からない。
「そういう所行ってると。自分でこうやってるとねー(自らの脈をとる仕草)、こうトン、トン、トントンが」
 実は酒井氏は先の話を引き継いで、ユニクロなど衣料店のつもりで「そういう所」と言ったらしい。しかし作田氏は発言の意味を確認することもなく、パソコン入力を始める。これが10分ほど続き(つまり問診自体は10分ほどで終わったことになる)、それから再診の予定を話し「それまで焼酎やめといて」と作田医師が言って、診察は終わる。

 果たして、酒井氏は受動喫煙症の診断書を受けることができた。診察室を出てしばらく待つと神経内科の窓口で、診断書を渡された。そこにはこう書かれている。

病名 受動喫煙症レベルⅢ、咳、痰、不整脈

 上記の症状が休憩室でタバコの煙に接するたびに出現し、タバコの煙の無いところでは全く症状が起こらない。
 これは受動喫煙症である。タバコの煙に遭遇すると不整脈が出て、時には止まる様に感じることもある。
 聞くところによれば休憩室と禁煙室はビニールで仕切られているようで、これではタバコの煙を防ぐことは不可能である。善処が必要と思われる。


 酒井氏が診察を受けたのは、受動喫煙診断に対する疑問からだと先に述べたが、敦子氏は実際のところ「作田医師が、喫煙者を社会から締めだす運動の中で、ただ患者の希望する内容の診断書を交付しているのではないか」と疑っていたらしい。この疑いはまさに正鵠を射ていたと言えるだろう。
 作田医師の診察において、酒井氏の症状が受動喫煙によるものであると言える根拠は本人の申告、つまり酒井氏の主観でしかない。そして他の要因を廃して受動喫煙こそを病因と考えられるほどの詳細な問診は、一切為されていなかったのだ。
 しかも酒井氏はすでにユミカクリニックを受診して、そこで同じく受動喫煙による症状を訴えたにもかかわらず、複数の検査をした上で受動喫煙症と診断されなかったのである。これを覆すならばそれなりの根拠がなければならないはずだが、作田医師はなんの検査もなく、患者の体に触れることすらせず、ずさんとしか思えない問診の結果、「受動喫煙症 レベルⅢ」の診断書を書いたのである。

 さらなる問題点は、ここに「タバコの煙の無いところでは全く症状が起こらない」と書かれたことだ。これは患者の申告にすら反する、作田氏の独断であり、はっきり言えば、嘘の記述である。
 もとより診断基準によれば「タバコの煙の無いところでは全く症状が起こらない」ことこそが受動喫煙症レベルⅢと診断される要件だった。だからこそ作田医師は問診中、この質問を2度投げかけている。
 1度目ははっきりと、しかしこれに返ってきた答えは「ユニクロでも起こる」だった。2度目は不整脈の話で「それはタバコの煙で?」と。これに対する答えは不明瞭ではある。「煙が原因か?」という質問に対し、酒井氏は「そういう所」と、場所を示す答えを返しているからだ。
 酒井氏の意図としては「そういう所」と、先の質問に続きユニクロ等衣料店を指したつもりだったが、その言葉からだけではよく分からない。喫煙者のいる職場を指すとも考えられなくはない。しかし作田医師はその真意を確かめようともせずに「タバコの煙の無いところでは全く症状が起こらない」と書いた。ここで確認をしなかった=詳細な問診をしなかったのは、この話を続けるのが不都合だと判断したのかも知れない。
 しかし診断書の症状に不整脈だけではなく「咳、痰」が含まれている以上、この時に話した「ユニクロなどでも同じ症状が起こる」という患者の申告は無視されてはならない筈なのである。つまり作田医師は受動喫煙症診断にあたって、詳細な問診をしていないだけではなく、患者の申告に反してまで、受動喫煙症診断を裏付ける記述を行っているのだ。
 もし仮に、酒井氏が「自分が言ったことと違う」と詰め寄ったとしたら、作田医師はどう答えるつもりだったのだろうか。おそらく受動喫煙症の診察に来る者はそんな苦情を寄越さないと、作田医師は考えていたのだろう。受動喫煙症の診断書をもって誰かに訴えるためには「タバコの煙の無いところでは全く症状が起こらない」と書かれていることが好都合だからだ。作田医師と患者との間には「受動喫煙症の診断書は、ただ禁煙を訴えるために書く・利用するもの」という無言の了解が存在する、そう推測できるのである。この目的ために作田医師は、診断書に嘘の記述を行うことも辞さないことを、酒井氏の診断書は示している。

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 この時の経緯は、黒薮哲哉氏が2019年12月29日に『MyNewsJapan』で報じ、その著書『禁煙ファシズム』(鹿砦社・2022年刊)にも書かれています。また敦子氏も2020年9月23日『note』で情報を公開している。この記事はこれらから再構成したものです。
 ただし不明な点は敦子氏に確認を取ってますし、また診断書を示した後の、解釈の部分は煙福亭の見解です

MyNewsJapan 2019.12.29 黒薮哲哉
https://www.mynewsjapan.com/reports/2515
『禁煙ファシズム』(黒薮哲哉著・鹿砦社)
http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000691
note 2020.9.23 藤井敦子
https://note.com/atsukofujii/n/ndf4a75421c30
https://note.com/atsukofujii/n/n6fe853bd2b90
https://note.com/atsukofujii/n/n7475d36ce730

  ではなんで既に書かれているものを、わざわざ再構成なんてしたのか。
 この時の診察について、「偽装受診」だの「藤井氏が作田氏を嵌めた」だのといちゃもんをつける人がいるからですね。

 ちゃんと読めば「作田氏を嵌めた」なんてのが言いがかりだということが分かる。けれど黒薮氏がちゃんと書いたものは有料でしか読めないので、興味の薄い人は言いがかりのTweetなんかを真に受けてしまう場合がある。なのでタダで読めるものが必要かもしれないと考えたのです。
 ついでにその言いがかりにも、答えておきましょう。

 まず「偽装受診」ですが、酒井氏はタバコ煙で上記の症状が出る(そう感じている)、これは事実です。なので「自分は受動喫煙症なのか」と考えて、医師の診察を受ける。なんの問題もありません。酒井氏の症状について「偽装」は無いのです
 確かに酒井氏と敦子氏は、真実受動喫煙症と診断して欲しかったわけではない。その目的は、作田氏と無言の了解を持てるような、他の患者とは違ったでしょう。けれどそれは患者側の意図の違いであって、作田氏とは関係がない。作田医師は医師として、患者が受動喫煙症であればそう診断し、そうと診断できなければ「受動喫煙症ではない」と告げればよいだけです。ユミカクリニックの医師が「高血圧症」と診断したように、ですね。
 もし仮に、酒井氏の症状が口から出まかせだったとしても、作田氏には、患者の容態を見極めて正しい診断を下す医師としての職務があります。これもユミカクリニックと比べてみれば分かることで、作田氏が同じように慎重な態度で診断に臨んでいれば(医師にはそれが当たり前のはずですが)、なんの問題もない。仮に酒井氏の症状の申告が嘘だった場合には、患者の嘘を見抜けず不用意に診断書を書いた作田医師の医業にこそ問題があるのだと言えます。

「藤井氏が作田氏を嵌めた」というのも同様に、お話にならない。
 確かにこの時の診察→診断書で、作田医師は受動喫煙症診断の問題点を明らかにしてしまった。不都合な点がバレてしまった。けれどこれも、作田氏が医師としての判断を下した、その結果に過ぎません。「作田氏は受動喫煙症の診断基準に従って正しく診断した」と言うならば、その診断基準にこそ問題があるのです(その診断基準はまた、作田氏自身がつくったものでもあります)。
 例えば酒井氏が「ユニクロでも同じ症状が出るけれど、ここはなんとしても『タバコの煙の無いところでは全く症状が起こらない』と診断書に書いてくれ」と詰め寄り、作田医師がその脅しに屈して件の診断書の記述を行い、その上で「作田がこんな嘘の診断書を書きやがったぜ」と公開された……そんな事実があったなら、「作田氏が嵌められた」と言っていいかも知れません。
 けれど録音にはそんな内容はないし、作田氏もそんなことは言っていません。作田氏は今年2月に本人尋問でこの時のことを語る機会をもったにも関わらず、そんなことは言っていない。作田医師はあくまで自らの判断で診断書を書いたのであり、当然のことながら、その記述内容に責任があるのは、医師である作田氏なのです。



※「受動喫煙症」の診断基準は、日本禁煙学会のHPで読める。いや、ここでしか読めない。
「受動喫煙症」とは作田氏ら日本禁煙学会と日本禁煙推進医師歯科医師連盟によりつくられた疾病概念だが、日本禁煙推進医師歯科医師連盟の方ではすでに受動喫煙症について言及するのを止めてしまっているからだ。この診断基準は2016年に「version2」となり、2022年に「version2.1」に改訂されているが、この改訂は日本禁煙学会が独自に行ったものとされている。
 なお「タバコの煙の無いところでは全く症状が起こらない」はレベルⅢの要件であって、レベルⅣは慢性の、つまり受動喫煙がないときにも症状が続く疾患と規定されているのでこれには当たらない。レベルⅠ、Ⅱはそもそも「無症状」であるために関係がない(無症状の者を患者に加えることが僕には驚きだが)。

最初の診断基準
http://www.jstc.or.jp/uploads/uploads/files/passive_dx.pdf
version2
http://www.jstc.or.jp/uploads/uploads/files/%20%20%E5%8F%97%E5%8B%95%E5%96%AB%E7%85%99%E7%97%87%E8%A8%BA%E6%96%AD%E5%9F%BA%E6%BA%96version2%20.xlsx%281%29.pdf
version2.1
http://www.jstc.or.jp/uploads/uploads/files/information/JUDOKITUEN%20v2.1%E3%80%802022_3.pdf